プレゼント

 

「店長! アッティ店長!」

 ガラス戸を大きくあけて、小さなアルバイター、ムギタくんが息せききって店内に駆けこんだ。
 森を抜けたところにある、すこぅし不便な丘の上。一軒の小さな雑貨屋「AKASATO☆MADE」はいつだって閑古鳥。
 春らしい陽気の外とは違い、白を基調とした店内はひんやりとしている。
 アッティ店長と呼ばれたひょろりと背の高い男は、毛布にくるまってレジスターの後ろにある長椅子で、震えながら横になっていた。

「ここにいる」
「……なにしてるんですか。外を掃いていたボクに、ケンカでも売ってるんですか?」

 小人族の小さな彼がにらんでも、さほど怖くはなかったりするのだが、毛布から顔だけ出しているアッティ店長はひどく傷ついた顔をして見せた。

「どうしてそんな考えになるのかね。寒かったから毛布をかぶった。暖かくなったから動きたくなくなった。自然の道理ではないか」
「トカゲやヘビだって、体が温まれば行動するのに。店長のはただのぐうたらです! 外に出るのがイヤだと言ったから、店内の掃除をまかせたのに!」
「まあまあ、そんなに眉間にシワを寄せると、とれなくなるぞ」
「誰のせいですか!」

 さらに声を大きくして、ムギタくんは噛みつかんばかりに顔を寄せた。
 毛布をかぶったまま、とりあえず緩慢に体を起こし、アッティ店長がところで、とつぶやく。

「何を慌てていたのだね?」

 しれっと言う毛布人間に、ムギタくんは色々と言いたいことを飲みこんで、低く低く声を出した。

「十時のオヤツは、今日はなしだということが一つと」

 そんな横暴な! という悲鳴は無視をして、ムギタくんは続ける。

「外を掃いていたら、窓の台みたいになってる所に、小さな箱が置かれているのを見つけたんです」
「ムギタくん、中身はなんだったね?」
「……知りませんよ。ボク宛でもないのに、見られるわけないじゃないですか」

 その言葉に「ふむ」と声を出したものの、毛布の隙間から手が伸びることはない。
 ムギタくんは、あきれたようにため息をついて、とりあえず自分の考えを言ってみる。

「お客さまが置き忘れていかれたのかと思ったんですが、昨日戸締りしたときにはなかったですし」
「昨日はお客さまもいらっしゃらなかったしね」

 胸を張るようなしぐさをすれば、毛布から長い足がのぞいてしまい、慌てて身をちぢめた。その様子に、ムギタくんは聞こえよがしなため息をもう一度つく。

「だから、中身のチェックしといてくださいね」
「ムギタくん」
「イヤですよ。早く人間に戻って、掃除しといてくださいね」

 冷たく言い放ち、外に出てからぴしゃりとガラス戸を閉めた。
 置き去りにされた気分のアッティ店長は、しかたなく毛布から手を出した。ひんやりとした空気がその手を包む。

「もったいないな。実にもったいない」

 せっかく温まった体温が、奪われていくようだと少し気落ちしながら、小さな箱を持ち上げて、耳元で振る。
 硬く、小さな物が箱の中でカラコロと鳴った。
 どうやらビックリ箱ではなさそうだと、フタに手をかけてそっと開ける。

「……これは」

 中から出てきたのは、銀で出来たペンダントトップだった。
 はるか以前に、この店で売った物だ。しかし、誰に売った物だったかと、アッティ店長はしばし考える。
 毛布がずり落ちている事すら、気にもとめなかった。
 大切な事があったはずだ。とても大切な意味が――

 あごに手をあてて、周りが見えなくなってしまったアッティ店長の手元を、いつ戻ってきたのかムギタくんがのぞきこんでいた。ガラス戸は空気入れ替えのために、開け放したまま。風通しがなかなか良過ぎるようだったが、アッティ店長が文句をつける前に、ムギタくんが声をあげた。

「あれ? これってアレですよね。いつだったかの……ああ、思い出せないや。ちょっと待っててくださいね」

 そう言って、オレンジと白ののれんをくぐって奥に消える。
 しばらくして、ああこれだ。と声がして戻ってきたムギタくんは、アッティ店長の前に小さな手帳を差し出した。

「この人ですよ!」
「おやムギタくん、意外と絵が下手だね」
「……今、問題なのはそこじゃないですよね」

 首まで真っ赤になりながらも指差したのは、売った人物の似顔絵らしきものではなく、日付の下に書かれている文章だった。

 ――病気のママへのプレゼント用。元気になるようにお守りとして。

「ああ、そうか。あの彼だったね」
「そうですよ。けなげな息子さんが、あんなに小さな体でここまで来てくれたんですよね」

 思い出しながら、ムギタくんは目を伏せた。

「返してきたって事は……お母さま、良くならなかったのかな」
「ムギタくん。めったな事を言ってはいけないよ? ご本人に失礼だからね」
「そう、ですね。って、時々アッティ店長って常識的な事言いますよね」
「……それも十分、めったな事な気がするがね。お詫びに十時のオヤツで手を打とう」

 晴れやかな顔で言ってくるアッティ店長に、落ちていた毛布を奪い取ってムギタくんは無言で奥に入っていった。
 店内の底冷えする寒さに身震いをして、アッティ店長は箱が置かれていた窓を開けた。
 前日の豪雨が嘘のように外からの風は暖かく、冷え切った店内を柔らかい雰囲気にさせる。アッティ店長はそのまま空を見上げた。

 青空に森の緑が映え、太陽の光がふりそそぐ。小鳥たちは春を謳歌し、花の間を虫たちが忙しく飛びまわっている。

「店長さん。店長さん」

 小さな声が、アッティ店長の耳に届いた。

「いらっしゃいませ。お久しぶりですね」

 にこやかに視線を落とす。目の前には窓枠と一体になっている小さな台。箱が置かれていたところだ。
 だが、アッティ店長が見ていたのは台ではなく、そこに鎮座している小さなハムスター。鼻をひくひくさせて、泥だらけの小さな体を精一杯伸ばしていた。

「ムギタくん、タオルを用意してくれたまえ」
「はあ? 毛布の次は、タオルですか?」

 目を丸くして、奥から顔を出せば、アッティ店長の手には小さな彼が申し訳なさそうに体をちぢこませていた。

「ひょっとして、あの息子さん……とか言いますか?」

 少しだけ顔を引きつらせてムギタくんが聞くと、アッティ店長は静かにうなずき、ハムスターがごめんなさいと謝った。

「謝る事はありませんよ。あなたはちゃんとお代を払って、アレを買ってくださったお客さまなのですから。ほら、ムギタくん。タオルをお持ちして」
「あ、はいっ!」

 アッティ店長の声に、我に返ったムギタくんは慌てて奥へと駆け込んだ。

「で、でも。こんなつき返すマネしちゃって……その、ごめんなさい」

 大きな目から、ハラハラと大粒の涙がこぼれて落ちる。アッティ店長は首を横に振って見せた。

「いいのですよ。買った方のお好きにしてくださって、構わないのです。ただ……横流しして売ってしまおうとしているのを見かける時は、さすがに残念だと思いますがね」

 その言葉に、小さな小さな体をびくりと震わせる。
 アッティ店長は気づかないフリをして、とりあえず長椅子に彼をそっと座らせた。
 すぐにお湯で温かく湿らせたタオルを持ってきたムギタくんは、小さな彼についている泥を丁寧に落としていく。すると真っ白な毛並みが戻ってきた。

「お水でも、いかがですか?」
「あの、お気づかいなく」

 恐縮してしまっている彼に、ムギタくんはあくまで柔らかい言い方というのを心がけつつ、どうしても聞きたかったことをぶつけてみた。

「あの、失礼かもしれませんが。その……お母さまは完治されましたか?」

 アッティ店長が目を丸くして、口パクで抗議をアピールする。たしかにそれを見はしたが、ムギタくんはあえて無視をした。
 ハムスターは小さく震えながらも、うなずく。

「はい。それはもう元気になりました! でも元気になって、意識がしっかりしたママがプレゼントを見たら、盗んできた物じゃないかと叫び出して……」
「そ、そんな! ちゃんと説明したらいいのに!」
「説明したんだけど、聞いてくれなくて」

 タオルで拭かれている間、止まっていた涙がまた溢れ始める。
 ムギタくんはいつになく必死だった。アッティ店長が首をかしげるほどに。

「ムギタくん、まず落ち着いて話を聞こうじゃないか」

 そうさとせば、ムギタくんも怒り心頭はそのままに、口を挟むことだけは我慢した。
 彼はぽつりぽつりと話し始める。

「説明、聞いてくれなくて。ママはどこかで箱ごと落とした誰かが、きっと探してるって。中身を見て、こんなにも凝った銀細工ならそれなりの値段がするんじゃないかって。ぼく、そんなに高い物だと思わなくて、ヒマワリの種でなんて……盗んだも同然だと思って」

 そしてママの手から、箱ごと奪って走ってきたのだという。
 前日の雨で、ぬかるんだ山道を小箱が汚れないようにするので精一杯だったのだと。
 たしかに体は泥だらけだったというのに、箱は少し湿り気はあるものの、汚れた部分は一つもない。
 泣きじゃくる彼に、ムギタくんは綺麗なハンカチを差し出した。彼は自分の体を覆うようにハンカチをかぶり、頭を押しつけた。

「そうですか。しかし、私が売ったという事実は変わりませんよ。私が店長だから、気にする事はないのです。ねえ、お母さま」

 店長の声に、ムギタくんが驚いて振り返れば、開け放していた出入り口には、女性が目を見開いて立ちすくんでいた。

「お、お客さまが、立て続けに……! 雨が、雨が降るっ!」
「ムギタくん、雪かもしれないよ」

 そう言いながらも、アッティ店長は彼女のほうへと足を向けた。

 黒髪を短くした、二十歳くらいの女性は息があがっている。今まで病気だったのだ、体力がないのは当然だろう。
 アッティ店長は彼女の手を取り、後ろ手にガラス戸を閉め、彼の隣に座らせた。さきほどのやりとりをずっと聞いていたのだろう、困惑した表情を隠そうとはしなかった。

「ムギタくん、温かい紅茶を頼むよ。砂糖とミルク、多めでね」
「あ、はい」

 大切な砂糖を? とふに落ちないながらもうなずき、汚れたタオルもついでに持って奥に入っていく。
 彼女は、隣にいる彼を見下ろしてから、ゆっくりと店内を見回した。

「あの、ハムスターを追いかけてきたんですけど。その、ここは……」
「ああ、初めまして。ここはAKASATO☆MADEという雑貨屋でしてね。彼にはとてもお世話になりました」
「何を、言ってるんですか? 彼って……ハムスター、ですよね?」
「ええ、その通りですとも。彼はあなたを想って、ペンダントトップを購入していったのですよ」

 にこやかに言うアッティ店長に、彼女はけげんな顔をした。
 彼という言葉に、初対面のムギタくんは当然ふくまれていないだろう事実は、彼女にもわかっていた。
 その意味をなんとかわかる努力をしようとしてか、強く目をつぶっていたが、少しの後、ひらいた瞳に浮かんでいたモノは、疑惑のまなざしであった。

「わたし、ひょっとして病気治らなくて、死んじゃってるのかも」
「まさか、そんな物騒な! あなたには体温があるじゃありませんか。大丈夫です、現実ですよ」

 なかなか理解出来ないときもありますがね。とつけくわえて、アッティ店長はほがらかに笑った。

「でも、さっきしゃべってなかった? その、ハムスターが」
「ええ、話されてましたよ」

 温かい紅茶を彼女に差し出しながら、ムギタくんがトゲのある声で答える。
 カップを受け取りながら、彼女は敵意をぶつけてきたムギタくんをにらんだ。

「何? その言い方。わたし、おかしな事言ってないよね?」
「ええ、普通の人の反応でしょうね」

 あくまでつっけんどんに返すムギタくんに、彼女はさらにいらだちをつのらせる。

「ちょっと、失礼じゃない? 接客業よね、わたしが買うかどうかはわからないけど、店に足を踏み込んだらお客じゃないの?」
「そのとおりですとも。ムギタくん、言葉に気をつけたほうがいい」

 彼女の言葉にのっかって、たしなめてくるアッティ店長を大きな目できつくにらみつけた。

「ぼくが言いたいのは! この小さな彼が、心を込めて選んだ品物を盗んだ呼ばわりしたのが気に入らないんです!」

 思っていた以上の怒りに、声が震えた。
 だが、そんなことは今のムギタくんには関係なかった。彼女にペンダントトップをつきつけながら、声を荒げる。

「いいですか? あなたの病気が治るように、彼はわざわざこんな辺ぴな店まできて、この商品を買っていったのです。早く治ってほしいからって、排気ガスで汚れた店じゃないほうが絶対にいいって。それなのに、彼の話も聞かずに、なんですか!」
「……知らない。そんな事、わかるわけないじゃない! わたしはレオの言葉なんて、わからないもの!」

 ムギタくんに負けないほどの声を、彼女ははりあげた。
 店内が、しずまりかえる。
 いたたまれないほどの空気に、誰もが声を出す事をはばかられた。
 もちろん、アッティ店長以外は。

「さてムギタくん、真相はわかっただろう。人間には、動物の言葉は通じないのだよ」

 なぜだか、この店は別のようだがね。とつけくわえておいて、アッティ店長は彼女にお茶を飲むようすすめる。
 気持ちを落ち着かせるように、彼女は紅茶を口にふくんだ。
 温かさが体にしみわたり、甘さが高ぶった気持ちをしずめていく。

「……ごめんね、ごめんね。ママを困らせるつもりじゃなかったんだ。疲れさせるつもりもなかったんだ」
「レ、オ?」

 ハンカチに隠れながら、小さな小さな声を震わせる。それは怒りではなく、悲しみのあまりに。
 彼女がそっとハンカチを持ちあげると、白いハムスターは涙で顔がずぶぬれになっていた。

「レオ?」
「もう、返したから。いたずらもしない、勝手な事しないから、ぼくを買わなきゃよかったって、いらないなんて、言わないで」

 とめどなく、したたり落ちる涙に、彼女は驚きを隠せなかった。
 たしかに、盗んできたと思っていたレオに怒りに身をまかせて、あんたなんていらないと叫んだ。だがそれは動物だから、人間の言葉なんて、わからないと思ったから。平気で出てきた言葉だった。
 それをレオは、泣きながらにうったえている。
 胸をしめつけられて、彼女はそっとレオに手を伸ばした。かみつかれても仕方ないほどの事を言ったのは、覚悟の上で。
 だがレオは小さな小さな手で、彼女の大きな手にすがりついた。泣いて謝りながら。

「レオ……レオ、ごめんね。私を想ってくれていたのに、いらないなんてウソだよ」
「ずっとずっと、そばにいたいんだよ」
「うん、うん。わかってるよ! わたしもだよ。病気の時、ずっとそばにいてくれたのはレオだけだもん。友達はみんないなくなったのに、レオはそばにいてくれたじゃない。それなのに……本当に、ごめんね。もう絶対、あんなこと言わないから」

 おたがいの涙をこすりつけるように顔を寄せて、一人と一匹は泣いた。
 どれくらい泣いていただろう。疲れきって、赤くはらした目をこすりながら、彼女は恥ずかしそうに笑った。
 気まずそうな顔でムギタくんが、包み直した箱を差し出す。

「言いすぎて、ごめんなさい。これは彼が真剣に選んだ物で、アッティ店長が心をこめて作った物なのです。どうか、大事にしてください」
「ええ、ありがとう。もちろん大切にするわ。あの、おいくらですか?」

 カバンから財布を取り出そうとする彼女を、アッティ店長がやんわりと止めた。

「もうお代はいただいてますよ」
「え? でも、ハムスターにお金なんて……」

 うろたえる彼女に、アッティ店長は笑顔で首を横に振る。

「大丈夫ですよ。彼は自分の食事を減らして、がんばって払ってくれましたよ。だから、これまで以上に彼を大事にしてあげてください」
「もちろんです!」

 彼女はレオを優しく抱き、プレゼントをしっかりとにぎりしめ、頭を深々とさげて帰っていった。

「……なんか、自分が恥ずかしいです」

 アッティ店長の横で、神妙な顔をしたムギタくんがぽつりとつぶやいた。
 そんな彼がかぶった黄色いボウシに右手を軽く置いて、うれしそうにアッティ店長は言う。

「なにが恥ずかしいものかね。間違いは誰にでもあるだろう。何よりも私が心をこめて、のくだりなんて素敵にうれしかったがね」

 立ち位置からしたら、ムギタくんの耳まで赤くそまったのは見えなかったはずだ。
 はずなのだが、アッティ店長はとてもうれしそうに笑っている。まるでムギタくんがどんな顔をしているか、わかっているかのように。

「わ、笑ってないで、掃除してください! お客さまが来たからって、忘れたわけじゃないですからね!」

 ごまかして声をあげたムギタくんに、アッティ店長はしまったという顔をする。
 今日一日、普段よりも一段と厳しいムギタくんの声は、夜まで続いたという。

 

 

     *** *** ***

 

  《 おひさま  ・  プレゼント  ・  きらきら 》

 

 

 

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