うつらうつらと、大きな帽子を乗せた、小さな頭が船をこぐ。
窓辺には、白い光がふりそそぐ。
寄り添うようにならべられた編みぐるみたちも、静かに眠っているようだ。
山の上のひらけた土地に、ぽつんとたたずむ赤い屋根をした白い建物。こじんまりとした雑貨店AKASATO☆MADEは、その空間ごと眠りに落ちているかのようだった。
太陽の光は屋外では暑さを覚えるほどだが、室内ともなれば、ちょうど良い温度を保っていた。
「……ああ、ダメだ。ねむくてねむくて」
小さなムギタくんは、のしかかってくる何かを振り払うように頭を振る。
見るまでもないのだろうが、ムギタくんはカウンターにいるはずのアッティ店長へと目をやった。
「そうでしょうとも」
カウンターの端から、黒い革靴を履いた長い足が真横にのぞいている。
わかっていたはずなのに、けだるさが残っているせいか、いつも以上の脱力感に、ムギタくんは大きくため息をついた。
「店長! アッティ店長!」
自分を叱咤するためでもあったが、いくぶん厳しい声で呼びかけてみたが、見えている足は微動だにしない。
ムギタくんは、限界まで口をあけてあくびをしながら、窓へと向かう。
「風が入れば……」
目を覚ますだろう。などと考えたことが失敗だったかもしれない。
大きく開け放した窓からは、とても暖かくて柔らかな風が、ムギタくんの頭を優しく包みこみながら店内へと入ってきた。
優しく、穏やかな風に包まれて、ムギタくんはまぶたをゆっくりと閉じて――
「……寝るっ!」
――眠りに落ちる瞬間に、それでもムギタくんは抵抗した。
叫びながら、無理矢理に目を見開いたのだが、視界がグラグラと揺らいでいる。
「あぶないぞ! 寝ちゃうぞ!」
とにかくなんでもかんでも大きな声を出し、立ち止まらないように歩く。油断をしたら、確実に寝る。そんな状況を破らなくてはならない。
こうして抵抗していれば、少ししたら完全に目が覚めるだろう。
客もこない、店長自らが長椅子に横になっている。ならばムギタくんが居眠りをしていても、問題などないだろう。だが、彼はそうはしなかった。
「これだけ眠くなるってことは、なにかいるのかもしれない」
不思議なことが起こる店なのだ。ひょっとしたら、という思いが浮かんでも仕方がないが、ムギタくんは寝ないということに、ただ意欲を燃やしているにすぎなかった。
「掃除だ。掃除をやろう」
そう思い立ったのは、何度目だろう。ほうきは失敗した。下を向いて掃いていると、なぜか寝てしまうのだ。窓拭きも同じだった。リズミカルに拭いていると、おもわず寝てしまうのだ。
ハタキも結果は変わらなかった。と、ムギタくんは少し考えて、大きな身振りで左の手の平を、こぶしにした右手で力強く叩いた。
「そうだ! アッティ店長が今作ってる作品、見せてもらおう!」
それがいいとでも言うように、一人大きくうなずきながら、わざとスキップをしてカウンターの裏をのぞく。
ムギタくんの思っていた通り、毛布をかぶったアッティ店長はひょろりと長い身体を伸ばして、長椅子に身を横たえていた。
胸のあたりの毛布が、規則正しく上下している。起きていようという態度は、微塵も見られない。
「……アッティ店長?」
そっと声をかけてみるが、返事はない。
「アッティ店長」
「……んー」
少しだけ声を大きく出せば、反射的にくぐもった声が返ってくる。
「作りかけの作品、見せてくださいねー」
「んー」
普段なら、まだ人に見せられる段階じゃないから。とやんわり断られるのだが、こういった状況なら簡単だ。
そんな小さないたずらに、ムギタくんから眠気が離れていく。
「じゃあ、見まーす」
「……んー!」
うるさいな。とでも言うように、アッティ店長はひとつうなって、窮屈そうに身体を回転させ、壁側を向いた。
しめしめと、カウンターに備えつけられている一番上の棚を開ける。
銀細工は見るからに繊細で、触ったら折れてしまうのではないかと、ながめるにとどまった。彫り途中なのだろう、飾り羽が印象的な鳥の頭が、指輪の側面でそっぽを向いている。
細く鋭利な工具がならび、作業再開をいまかと待っている。
なんだか、なにも出来ないのに開けてしまったことが、とても申し訳なくなって、ムギタくんはそっと棚を戻した。
二番目の棚を開けることは、少しためらわれたが、それでも好奇心が勝っていた。
鮮やかなオレンジ色と赤色の毛糸が、目に飛び込んでくる。
なにか作ろうと準備されていたのだろうか、かぎ針を入れたケースもきっちりと置かれていた。少し奥ものぞいたが、作成中の物はないようだった。
さきほどの申し訳なさを忘れ、なにも見られなかった残念さに、ムギタくんは唇をとがらせながら棚を戻す。
三番目の棚を開けようと手をかければ、大きな手がムギタくんの手首をつかむ。
飛び上がるほどの驚きに、ムギタくんの眠気は一気にふき飛んだ。
早鐘のように打つ心臓をなだめつつ振り返れば、まだ半分寝かかっているようなアッティ店長の表情は、困った子供を発見したと言っている。
「……ムギタくん? なにをしているのかね」
「アッティ店長が、作業中の物を見ていいって言ったじゃないですか」
とりあえず棚から手を離し、アッティ店長へと向き直ってから、堂々と胸を張る。
「言ってない」
「言いましたよ。ぼくだって何度も聞いたんですよ?」
「聞いてない」
「残念でしたね。寝ながら答えるからそうなるんですよ。起きていてください!」
ムギタくんの勝ちほこった態度に、アッティ店長はまぶしそうに目を細めた。
眠たくて仕方のない人間が、眠気のかけらもない人物を見れば、その力強さに押されてしまう。
アッティ店長は、ゆっくりと頭を振れば、ムギタくんが笑った。
「そんなんじゃ、目は覚めませんよ。体験済みです」
そんなムギタくんの帽子の上に手を置いて、アッティ店長がわかったとつぶやいた。
「掃除も意味はなかったですよ。あ、窓際には近づかないほうがいいです……って、なにまた寝ようとしてるんですか!」
楽しそうにまくしたてるムギタくんに背中を向けて、毛布をかぶりなおしてしまったアッティ店長に、小さな彼は目を丸くする。
「もう少し、寝れそうだ」
「寝ない努力は?」
「おやすみ」
開いた口がふさがらないムギタくん。
だが、もたもたしていたら、確実にまたアッティ店長は寝てしまうだろう。
「ええと、寝ちゃったら、棚の中身見ちゃいますよ」
「ダメだ。それと、のぞいたら分かるようになっているからね」
ためらっていると、すぐに寝息が聞こえてきた。
眠りに落ちるほどの眠気だったのだろうか。その気持ちは、わからないでもない。
「アッティ店長?」
さきほどと同じ、規則正しい寝息しか返ってこない。
「……見ちゃいますよー」
眠りの魔の手からは、そう簡単にのがれられないのだろう。
反応もしないそのでかい図体は、実に気持ちよさそうだった。
だが、もうムギタくんは少しも眠たくないのである。
視線の先を、アッティ店長と棚へと行き来させながら、ゆっくりと三段目に手をかけた。
まったく起きる気配はない。
楽しさに、胸をおどらせながら、ムギタくんはそっと引き開けた。
――瞬間、棚の中からにぎりこぶしほどの大きさの物体が、飛び出した。
ひとつだけではなく、何個もの物体が小さな顔を直撃する。悲鳴をあげて、あとずさったムギタくんが、アッティ店長の背中とぶつかった。
小さく震えている背中は、ムギタくんのものではなく、笑いをこらえたアッティ店長のものだった。
「アッティ店長!?」
「だからダメだと言ったじゃないか。って、いたた! 髪の毛を引っ張るのは、反則だろう!」
「びっくり箱にしてるなんて、悪ふざけしすぎでしょう! びっくりした! すっごくびっくりした!」
「いたたたっ! ダメだと言ったことをするほうが悪い……って、わかった! 悪かったから、手を離してくれないか」
心地の良い風が、おたがいにパニックになってしまった二人を、あおるようにふき巻いて遊ぶ。
小さな白い店が、やっと目を覚ましたかのように、空気が動き出した。
大きく開け放たれた窓からは、悲鳴とともに眠気たちが飽きたとばかりに飛び出していく。
今日も変わらぬ一日がすぎていき、今日も変わらず閑古鳥。
AKASATO☆MADEは、いつでもここで遊んでいます。
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《 きらきら ・ おねむ ・ 手をつないで 》